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オープン・ハウスが教えてくれた「街の映画館」の物語

小林夕子 
オーストラリア・メルボルン在住会社員。アメリカと日本で幼少期を過ごした後、日本では映像関連会社に勤務。現在はメルボルンで通訳・翻訳業務に従事している。余暇の楽しみは映画館、美術館、図書館、マーケット巡り。

日本はまだ暑い日が続いているようですが、皆さんバテていませんでしょうか?
8月といえば、ここ南半球のオーストラリアは冬も終わりに差し掛かる頃。「冬でも暖かいんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、それはケアンズなど赤道に近い北部の話で、私が住むメルボルンは南極に近いこともあり、きちんと「冬」が訪れます。

朝起きたら、まず天気予報のFeels Like(体感温度)をチェックするのが冬の日課。「現在の気温」は正直、あまり参考になりません。

先日、この冬一番の大寒波に見舞われたメルボルン。過去10年で最も標高が低い地域で積雪を観測しました。

メルボルンから北西に向かって車で約1時間の場所にあるマセドン山脈(Macedon Ranges)。日帰りで行けるとあって、何度か国立公園やワイナリーを訪れたことがありますが、こんな雪化粧は一度も見たことがありません!

久々に肌を刺すような寒さに「もう冬なんてこりごり!」と降参したくなるのは、きっと私だけではないはず。そんな寒さに震えるメルバーニアン(メルボルンっ子)を家から引きずり出そうと、メルボルン市は6月から8月にかけてさまざまなイベントを仕掛けてきます。せっかくなので、その中でも特に人気のイベント「オープン・ハウス・メルボルン(Open House Melbourne)」に出掛けてきました。

オープン・ハウス・メルボルンとは?

メルボルンの街をあげて、毎年7月に開催されるこの「建築の祭典」は、普段は立ち入りが制限されている歴史的建造物などが、無料または$5(約360円)で一般公開されるとあって、例年大変な賑わいを見せます。

その原点は、「建築をより身近に感じてほしい」というコンセプトのもと、1992年にロンドンでスタートした「オープン・ハウス・ロンドン」。今では世界40都市以上で開催されており、メルボルンに初上陸した2008年には、8軒の建物が公開されたそうです。そして12回目を迎えた今年は、なんと200軒以上!このように規模を拡大していることを考えると、その注目度がうかがえますね。

今年のオープン・ハウス・メルボルン公式サイトより。出典:https://www.openhousemelbourne.org/

建物の大半は、列に並べば予約なしで見学できますが、一部は完全予約制。例えば、普段は人が住んでいる個人宅や、老朽化のために入場を制限しなくてはならない歴史的建造物、ガイド付きの見学ツアーなどが対象です。これらは、サイト上で予約が開始すると同時に申し込みが殺到し、すぐいっぱいになってしまいます。

ここ数年、この予約レースにことごとく惨敗していた私。「今年こそは!」と気合いを入れた甲斐あってか、なんとか2次募集で、第1希望だった映画館「サン・シアター(Sun Theatre)」の見学ツアーに参加できることになりました!

メルボルン中心街(CBD)から西に電車で約15分、ヤラヴィル(Yarraville)駅前にある映画館「サン・シアター(Sun Theatre)」。この写真だとわかりにくいですが、入口の横にはカフェと本屋が併設されています。

建物の横に描かれたレトロなイラスト。映画館の雰囲気にマッチしています。

「街の映画館」の誕生と衰退、再び生まれ変わるまで

冬晴れとなった土曜の朝9時半。少し早めに着いたので、テイクアウトのコーヒーを片手に今か今かと入口の外で待つ私。見学ツアーに集まった20名ほどの参加者を劇場ロビーで迎えてくれたのは、サン・シアターの劇場スタッフ、ジョンさん。40分という限られた時間の中で、この劇場の誕生の歴史と背景を丁寧に説明してくださいました。
ちなみに、この見学ツアーは有料($5)だったので、「いつチケットの確認を求められるのだろう」とそわそわしていた私ですが、結局最後まで提示を求められませんでした。オージーらしくおおらかですね。

上映中の作品名が記されたクラシックなビルボードと重厚な木枠の扉にテンションが上がります。

劇場入口に設置された地元フリーペーパーのニューススタンド。街中でもよく見かけるタイプですが、こんなきれいなピンク色に遭遇したのは初めて。

1938年当時、オーストラリアで最大の席数(1スクリーン、1,050席)を誇る劇場として開館したサン・シアター。ハリウッド映画が全盛期を迎える中でのオープンとあって、たちまち全国からお客さんが集まり、週末を中心に大変な賑わいを見せていたそうです。しかし、1950〜1960年代にかけてテレビが一般家庭に普及すると、徐々に客足は遠のき、1970年代には閉館に追い込まれてしまいます。その後、20数年間に渡って、取り壊されることなくそのまま「放置」されていたというから驚き。

1938年、開館当時の劇場内の様子。

1995年に現オーナーに買われてから、大幅な改修工事を経て、合計8スクリーン・席数80〜200席という今の姿に生まれ変わったとか。一言で「改修」といっても、不法滞在者の立ち退き(!)から始まり、シロアリ・ネズミ駆除、崩壊しかけた屋根の張り替えなど、「それは壮絶なリノベーションだった」と、ジョンさんは笑いながら語ってくれました。

開館当時のアール・デコ調の装飾を再現したメイン・シアター。中央でツアー参加者に解説しているマフラーをした髭の男性がジョンさん。

ロビーを彩るのもアール・デコ調のアート。

ロビーから始まって劇場内に進み、映写室でフィナーレを迎えた約40分にわたるツアーの中で、「オープン・ハウスでしか味わえない!」と実感したエピソードを3つご紹介します。

1.「子連れに優しい映画館」のはしり!?

まずはロビー付近にあるトイレ。このスペースは開館当時、どのように使われていたでしょう?

写真奥の左にある一枚扉がそのトイレ。手前左に設置されている大きなオブジェは、上映中の「アポロ11 完全版」の展示物。

正解は「子連れのお客さん用の託児所」。当時はベビーシッターが常駐しており、ベビーカーごと子供を預けた親御さんは、それと引き換えに渡された番号札を持って劇場内へ。映画鑑賞中に子供がぐずったり泣き始めたりすると、なんと映写技師が番号札をスクリーンに投影、それを見た親御さんがあやしに来る…というしくみだったそうです!当時の映写技師さんは、うかうか昼寝もできなかったでしょうね。

当時の様子を再現した、名付けて「バンビーニ・セッション」!茶目っ気たっぷりでステキです。

2. メルボルンとハリウッドの意外な接点

次に、ロビーを進むと、目に飛び込んできたレトロな額縁。「何が飾られているんだろう?」と近付いてみると、それは1938年の開館当時、ハリウッドの大手映画製作会社MGMからサン・シアター宛てに届いた6通の祝電でした。

当時、これだけ大規模な劇場は世界的にも珍しかったため、ハリウッドの映画製作スタジオからも注目されていたそうです。

さらによく見ると、送り主はなんとクラーク・ゲーブルやジョーン・クロフォードといった、往年のハリウッドスターではないですか!「きっと秘書や付き人が代理で送ったのだろう」と思いながらも、映画の都ハリウッドからメルボルンの劇場オープンを祝福する電報が、海を越えて届いていたという事実に、私を含めあちこちから「ワーオ!」という声が漏れていました。

3. 映画ファンから愛される理由

最後に、ジョンさんは映写室に案内してくれました。今でこそデジタル上映が大半を占めるそうですが、サン・シアターはオーストラリアでも有数の70mmフィルム上映に対応している映画館。「通常の35mmフィルムよりも高画質な70mmで楽しめる」、映画ファンから愛される理由はここにあります。

映写技師さん(写真中央)はジョンさんのご兄弟。彼が触れている円盤の上に並んでいるのは、歴代の上映作品が収められたHDD。その上映方法について、すでに営業が始まっているにもかかわらず、熱心に説明してくれました。

ちなみにそれがどれだけレアかというと、日本で70mm映画を上映できる映画館は、2019年現在はありません。ただ、京橋にある国立近代美術館フィルムセンターが唯一対応できるホールとして存在しています。一方、オーストラリアではシドニーに3館、メルボルンはサン・シアターを含む3館の計6館もあるのです。映画人口はおろか、オーストラリアの人口は日本の5分の1と圧倒的に少ないのに…。私が想像する以上に、オージーは映画好きなのかもしれません。

この非常にレアな70mmフィルム上映が、サン・シアターで復活した経緯が、これまたステキなんです。

写真手前が70mmフィルム、机下に収納されているのが35mmフィルム。70mmフィルムは35mmと比べて重さが約2〜3倍あるというから、映写機にリールを掛けるだけでも一仕事です。

映写室の壁にあったイタリアの映写機メーカーのロゴ。「当時はイタリア製のものを使っていたのかな?」などと想像を巡らせるのも楽しみのひとつです。

「創り手」と「見せ手」の想いが生んだ、小さな奇跡

きっかけは2015年にアメリカで劇場公開された監督クエンティン・タランティーノの「ヘイトフル・エイト」。デジタル撮影が主流となった今、あえてフィルム、それも一般的な35mmではなく70mmフィルムで撮影したタランティーノの意思を尊重し、「そのままの形での上映を実現しよう!」と立ち上がったサン・シアターの劇場スタッフ。

そこから70mmフィルム対応の映写機探しに奔走する日々が始まったそうですが、当時は映画が70mmフィルムで製作されなくなってから半世紀以上が経っていたこともあり、捜索は難航したといいます。誰もが諦めかけていた頃、1970年代までサン・シアターで働いていたという元映写技師が見つかり、その方の自宅を訪ねたところ、当時サン・シアターで使用していた70mmフィルム映写機が、ガレージで埃をかぶっていたのだとか。
「まるで僕たちに起こしてもらうのを、じっと息を潜めて待っていたかのようだったよ」と、当時の様子を少し興奮気味に語るジョンさん。「本当に映画が好きなんだなぁ」と、私まで嬉しくなってしまいました。

こちらが現代に蘇った70mmフィルム対応の映写機。狭い映写室は5人の小グループに分かれて見学。

劇場スタッフから70mmフィルムの映写機についての事情を聞かされた元映写技師さんは、二つ返事で映写機を寄付、その後の修理作業にも携わったそうです。こうして晴れて2016年1月、サン・シアターは「ヘイトフル・エイト」の70mmフィルムによるオーストラリア劇場公開にこぎつけたのです。

「ヘイトフル・エイト」公開初日のサン・シアター映写室の様子。映写技師の方は現スタッフ。

劇場で販売しているヴィーガン・アイスを両手にポーズを取る、この方こそが元映写技師のブライアン・デイヴィス氏。今でもふらっと劇場に顔を出すそうです。

ちなみに、映画関連機材・グッズで溢れ返っていたこの方のガレージは、「映画ファンにとっては宝箱」だったとか(ああ、覗いてみたい!)。

映画さながらのパーフェクト・エンディング

この話にはさらに後日談があります。この噂を耳にし、劇場スタッフの熱意にいたく心打たれたタランティーノ。主演のサミュエル・L・ジャクソンとカート・ラッセルと一緒にアメリカから駆けつけ、サン・シアター公開初日の舞台挨拶にサプライズ登壇を果たしたというのです!なんという粋な計らいでしょう。その瞬間に私も立ち会いたかったです!

劇場スタッフの思いが、こんな形で結実するなんて、いったい誰が想像できたでしょう。映画さながらのパーフェクト・エンディングの余韻に浸りながら、ふわふわとした足取りで劇場を後にした私。それは長編映画を1本見終わった後に感じる幸福感に似ていました。

劇場の外には近日公開予定のタランティーノ最新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のポスターが飾られていました。

サン・シアターの誕生から再生まで、映画顔負けの物語に出会えた今年のオープン・ハウス・メルボルン。来年はどんな物語が待っているのか、今から待ち遠しいです。

今回紹介した映画館:

サン・シアター Sun Theatre
8 Ballarat St, Yarraville Victoria 3013 Australia
https://suntheatre.com.au

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